目が覚めると、体が軽かった。気分も悪くない。いつも感じていた倦怠感、鬱屈とした気分がなく晴れやかだった。
やれる、やってやる。
先生は手術室にはいなかった。出かけているのだろう。
起き上がり、床に足を着ける。いつもと違う重量感。希薄だった体の感覚が鋭敏になってるのがわかった。
まずはあいつから、殺そう。
激しい憎しみを思い出す。
殺されたのだ。騙されて、強姦され、輪姦され、殺された。俺の唯一の肉親、愛する妹を。
一人残らず殺す。殺すべきだ。出来る限りの苦痛を、この憎悪を、その罪を。果たさなければならない。
半身不随に加え、神経を病んでいた俺の体は一人殺すどころか、一人で生活することも困難だった。そこに都合よく(本当に都合がよすぎるタイミングだ)現れたのが先生だった。
先生は、命を賭ける覚悟があるのならその体から開放してあげようと言った。自由に動き、やりたいことができるようにしてあげようと。
手術の成功率は五分五分だと言われた。迷う理由はなかった。復讐さえできずに、このまま何もできないまま一生を過ごすのは死ぬよりも堪えられないことだ。
手術が終わると、猛烈な眠気に襲われた。疲れただろう、少し寝なさい。そう先生が言い終わるか終わらないかのうちに、俺の意識は途切れていた。
事件の主犯は、妹が通っている高校の先輩だった。卒業してからも妹との交際は続いていたが、違法な仕事に手をつけていたらしい。
普段は足を踏み入れることがなかった闇市を歩くと、見ない顔に怪訝な視線が注がれる。が、すぐにみな関心がなくなったように視線を逸らした。
そいつを見つけると、鼓動が速くなったのがわかった。首のあたりまで、ドクン、ドクンと伝わってくるくらい脈拍が強くなった。
気が付かれないように人ごみに隠れながらすれ違うと、振り向きざまにナイフを握り、脇腹に刺し体重をかけ押し込んだ。
呻くような悲鳴をあげるとこちらを振り向き、逃げ出した。すぐに人ごみに紛れてしまったが、血の臭いを追えばよかった。
細い路地をめちゃくちゃな進路で逃げ惑う。少しでも攪乱して見失わせる魂胆だろう。
手負いのやつと俺とでは速さがまるで違った。どんどん血の臭いが近づくのがわかる。鼓動が速くなる。
殺す、できる限り苦痛を与えてから殺す。耳を切り取り、鼻をえぐり、腕を刺し、足を刺し、腹を掻き回し、頭を打ち付けて。
追いつくと、言葉にならない罵声とともに、拳を振り抜いてきた。
ナイフを持つ手で受けると、やつの手のひらに深々と刺さった。やつは呻くような悲鳴をあげると、そのままナイフの刃を握り締め、左腕を振り抜き俺の胸を打った。
俺の手を離れ、やつの手のひらに刺さったままのナイフからは、やつの血が滴っていた。
ナイフを失ったが殺意はいよいよ増し、徒手空拳で襲いかかる。
腕を掴み、首を締め、押し倒し、目を抉り、耳を千切り、頭を打ち付けた。憎しみを込め、殺意を込め、何度も頭を殴りつけた。
目と耳と後頭部から血を流したそいつは息絶えていた。
荒い息を整える。深呼吸し、達成感に身を震わせ拳を目の前で握り締めると、そこには何本もの腕があった。腕と呼ぶには形が悪く、色も黒ずんだ、何かが俺の体にはいくつも生えていた。